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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)1994号 判決

原告

須崎義正

被告

富士商事株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一二一三万二一六二円及びこれに対する平成八年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自転車で道路を横断中の原告が、近江昭夫(以下「近江」という。)の運転する自動車に衝突され傷害を負つたとして、右車両の所有者である被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  近江は、平成六年二月一一日午後一一時四二分ころ、大阪市旭区高殿四丁目二二番二六号先の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という。)を、普通貨物自動車(なにわ四四ふ四二五七、以下「被告車両」という。)を運転して南から北へ向けて進行中、自転車に乗つて本件交差点の北詰の横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)を東から西へ向けて進行していた原告に被告車両を衝突させた(以下「本件事故」という。)。

2  被告は、本件事故当時、被告車両を所有し、自己のために運行の用に供していた。

3  原告は、本件事故による損害のてん補として、自動車損害賠償責任保険より二七五万二〇〇〇円の支払を受けた。

二  争点

被告は、原告の損害を争うほか、原告は対面する信号機の表示が赤色であつたのに本件交差点に進入したために本件事故に遭つたとして、過失相殺をすべきであると主張する。

第二当裁判所の判断

一  原告の損害について

原告は、本件事故により次のとおりの損害を受けたと認められる。

1  治療費 五二万二七二〇円(請求どおり)

甲第二ないし第一一号証によれば、原告は、本件事故により、頭部外傷Ⅱ型、前額部裂創、前頭部挫傷、両足挫傷、左足関節内果骨折、腓骨骨折の傷害を負い、そのために、平成六年二月一二日から同月一五日までの間正木脳神経外科クリニツクに、同日から三月八日まで及び平成七年三月一〇日から同月一八日までの間関西医科大学附属病院に入院し、また、平成六年三月九日から平成七年五月二〇日までの間関西医科大学附属病院に通院(実日数六一日)して治療を受け、そのための費用として五二万二七二〇円を負担したことが認められる。

2  入院雑費 四万四二〇〇円(請求四万五五〇〇円)

原告は、前記のとおり、本件事故により合計三四日間入院したところ、弁論の全趣旨によれば、一日一三〇〇円を下らない雑費を支出したものと認められ、その合計は、四万四二〇〇円となる。

3  通院交通費 四万七七九〇円(請求どおり)

甲第一六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、前記通院のため交通費として合計四万七七九〇円を負担したことが認められる。

4  休業損害 五九万一三五五円(請求三五四万円)

甲第一号証、乙第一、第二号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時五八歳で理容業を営んでいたこと、平成五年分所得税青色申告決算書に青色申告特別控除前の所得金額を一〇四万〇七一七円として記載して所轄の税務署に提出していることが認められる。

この点につき、原告は、本件事故当時一か月当たり平均五九万円売上げがあつたと主張し、これを立証するために甲第一七、第一八号証を提出するが、右甲第一七、第一八号証はその形式及び内容に照らし信用性に乏しいうえ、経費についての的確な証拠もなく、かえつて、原告本人尋問の結果によれば、原告の理容店がある千林商店街は以前より客が減つており、将来は妻の実家である福井県に転居することも考えていることも認められ、これらの事情に照らせば、原告の休業損害は、前記年収額一〇四万〇七一七円を基礎に算定するのが相当である。

そして、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故後平成六年五月末までは就労することができず、六月以降は就労はしたが休業することがあり、九月以降はほぼ正常どおり就労することができたことが認められるから、原告は、本件事故の翌日の平成六年二月一二日から同年五月末までは労働能力の一〇〇パーセントを、同年六月一日から同年八月末までは五〇パーセントを、同年九月一日から症状の固定した平成七年五月二〇日までは二〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。以上によれば、原告の休業損害は五九万一三五五円となる。

計算式 1,040,717÷365×(109+92×0.5+262×0.2)=591,335(円未満切捨て、以下同じ。)

5  逸失利益 一一五万七五八九円(請求五〇二万八一五二円)

甲第六号証、第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成七年五月二〇日関西医科大学附属病院において、左足関節の可動域に制限を残して症状固定の診断を受け、右の後遺障害は自動車保険料率算定会調査事務所により自賠法施行令二条別表障害別等級表所定の一二級七号に該当するとの認定を受けたことが認められる。そして、弁論の全趣旨によれば、原告は右症状固定時五九歳であり、少なくともあと一〇年は就労することが可能と認められるから、右期間中労働能力の一四パーセントを喪失したものと認められ、前記収入を基礎とし、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、原告が後遺障害を残したことによる逸失利益は一一五万七五八九円となる。

計算式 1,040,717×0.14×7.945=1,157,589

6  慰藉料 三五〇万円(請求四七〇万円(入通院二〇〇万円、後遺障害二七〇万円))

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故により受けた精神的苦痛を慰藉するためには、三五〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

二  過失相殺について

乙第三号証及び証人真辺聡の証言によれば、本件事故現場は見通しが良く、照明により夜間でも明るいこと、近江は、本件事故当時、先行する単車と自動車が起こしていたトラブルに気を取られ、前方不注視で本件交差点に進入したことが認められる。

ところで、検甲第一ないし第六号証、乙第三号証、第六、第七号証及び証人真辺聡の証言並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、大阪府旭警察署に勤務していた真辺聡(以下「真辺」という。)は、交通捜査係長として本件事故を担当し、近江から事情聴取した結果、近江は、対面する信号機の青色表示に従つて時速四五キロメートルで本件交差点に進入し、原告が自転車に乗つて本件横断歩道を渡つているのをその九・八メートル前になつて発見しブレーキを掛けたが間に合わず被告車両を原告の自転車に衝突させた、本件交差点に進入した直後、被告車両の前方を進入していた単車が右折し自動車が左折するのを見た、本件事故後、被告車両の後続車両が二、三台停車し、発煙筒を焚いてもらつた等の供述を得、また、被告車両に同乗していた松本某も被告車両の対面信号機は青色表示だと述べたことから、原告の供述及び本件交差点の信号周期等に照らし、本件事故当時、近江側の信号機の表示は青色、原告側の信号機の表示は赤色との結論を得たことが認められる。

これに対し、原告は、対面する歩行者用信号機の青色表示を確認して本件横断歩道の横断を開始し、本件横断歩道に入ると信号機の表示が青色点滅に変わつた、原告の前には徒歩で渡つている者があり、更に本件横断歩道の北側には南進する車両が四、五台止まつていたと供述する。しかし、一方で、原告は、本件事故当時は雪が降つていて原告の眼鏡は曇つたような状態だつたと供述するほか、乙第五号証、第七号証及び証人真辺聡の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時飲酒しており、本件事故直後に入院した正木脳神経外科クリニツクでは、脳震盪のため健忘症も伴い会話はやや混乱した状態であつたことが認められ、近江の前記供述内容が具体的で特に不自然な点がないことに照らすと、原告の右供述は信用することができない。

以上によれば、本件事故当時、近江側の信号機の表示は青色、原告側の信号機の表示は赤色であつたと認めるのが相当であり、原告は、飲酒の上、対面する信号機が赤色表示であつたのに、自転車に乗つて本件横断歩道を横断していたため本件事故に遭つたもので、本件事故の発生には、原告に八割の過失があると認めるのが相当である。

三  結論

原告が本件事故により受けた損害は五八六万三六五四円となるところ、過失相殺として八割を控除すると、残額は一一七万二七三〇円となる。そうすると、原告は既に自動車損害賠償責任保険より二七五万二〇〇〇円の支払を受けているから、原告の損害はすべててん補されたことになる。

よつて、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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